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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9420号 判決

原告 加藤暎夫

被告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告は原告に対し金十六万二千八百円及びこれに対する昭和三十一年十一月三日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二、原告の主張

一、請求の原因

(一)  被告は静岡県内天城山にその源を発し、田方平野を縦断する狩野川による水害を防止するため、静岡県田方郡伊豆長岡町墹之上から約八百米の隧道を掘り、原告の居住する珍野、長塚を通り口野海岸に放水する全長約三千二百米、上幅約百米、底幅約五十米、深さ約九米の放水路を建設することを企図し、これが構築用地として原告外五十余名の所有する土地を私法上の契約により買収することとなつた。そして、原告外二十数名は昭和二十八年十月七日旧江間村(その後同村は町村合併により、伊豆長岡町となつた。)役場においてそれぞれその所有の土地中右構築用地となる部分を被告に譲渡することを承諾した(これを第一次買収といい、右原告外二十数名を第一次買収者という。)が、訴外久保田藤一外三十三名の強硬反対派は当時いまだそれぞれ所有の土地を買収されることについて強硬に反対していたので第一次買収者は右第一次買収に際し被告のため契約を締結する権限を有する(この権限の根拠については後述する。)建設省中部地方建設局沼津工事事務所長畑谷正実との間で第一次に買収される土地の売買代金について今後もし被告が右強硬反対派の者所有の土地を第一次買収の際買収価額より高価で買収した場合は被告は第一次買収の土地買収価額をこれと同一の価額に改め、第一次及び第二次の買収価額を形式的に比較してその差額を支払うとの旨の特約を締結した。

しかるところ、被告は昭和三十年十月に至り右強硬反対派の者からそれぞれの所有する土地中右構築用地となるべき部分を被告に譲渡すべき旨の承諾を得、同年十二月二十四日その所有権移転登記を了した(これを第二次買収といい、この時譲渡した者を第二次買収者という。)のであるが、この際の買収価額は第一次買収の際の買収価額より高価となつており、第二次買収者は当時いずれもより高価な買収代金を受領した。そこで、第一次買収者は右第二次買収者が右買収代金を受領した右同日において前記特約の効力として被告に対し第二次買収の買収価額の基準により計算した第一次買収の土地についての土地買収代金と既に支払われた買収代金との差額を請求する権利を生じたのである。

(二)  これを原告についていえば、原告は右第一次買収者の一人として原告所有の土地のうち右構築用地となるべき部分を被告に譲渡したのであるが、その土地及び買収価額は別表(1) ないし(3) の各(イ)欄記載のとおりであるところ、買収に際しては田畑はいずれも一等ないし三等地に等級を分けその坪当りの価額が定められていたので、右買収価額を第二次における買収価額と比較するべく、右別表(1) ないし(3) の各(イ)欄の土地と同等級の土地にして第二次において買収された土地の例をみれば、別表(1) ないし(3) の各(イ)欄に相応する土地はそれぞれ別表(1) ないし(3) 各(ロ)欄の各土地であつて、後者がいずれも坪当りにおいて金二百四円五十銭高額となつている。(なお、右別表において買収価額が土地代金と離作補償の名目になつており、土地代金が低額にとどめられていたのは売買についての課税を防止するため相互に了解の上便宜的にとつた措置であり、右二項目の金員の合計が買収価額なのである。)そこで、原告は被告に対し原告が譲渡した土地について坪当り金二百四円五十銭の割合による金員を請求する権利があるわけで、原告は右の内金として坪当り金二百円合計金十六万二千八百円及びこれに対するその支払期日(第二次買収の売買期日)の後である昭和三十一年十一月二日(原告から被告に対するその履行を催告した内容証明郵便到達の翌日)以降完済まで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

(三)  建設省中部地方建設局沼津工事事務所長畑谷正実の特約締結権限について。

右畑谷正実は建設省の公務員であつて国家機関を構成する一分子であるから当然右特約を締結する権限を有するものである。

また、同人は被告の支出負担行為担当官である建設省中部地方建設局長から狩野川放水路構築用地の売買については一切を委任され、右権限を賦与されていたものである。右委任があつた事実は右畑谷正実が昭和二十八年十月七日第一次買収者から土地譲渡についての承諾を得るに際し、前記旧江間村役場において当初土地買収価額として坪当り金四百五、六十円、反当り金十三万五千円程度を主張して第一次買収者に申入れて来たが、第一次買収者からの反当り金十五万円に改訂すべしとの要求に対し、右畑谷正実は中部地方建設局長にはなんら協議することなく沼津工事事務所の係官と協議したのみで右価額を坪当り金五百円、反当り金十五万円平均に改訂した事実及び右畑谷正実の後任として沼津工事事務所長に就任した紀本正二は昭和二十九年十二月三日頃第二次買収者に対し買収の対象となつた土地の測量による損害について補償を提供したのに応じて、この点に関しなんら交渉をなさなかつた第一次買収者にも同一の割合による補償金を交付した事実から推認することができる。

(四)  仮に、右畑谷正実において前記特約を締結する権限がなかつたとしても、右畑谷正実は建設省中部地方建設局長から第一次買収者との間で狩野川放水路構築用地の売買契約を締結する代理権を授与されていたものであり、第一次買収者は昭和二十八年十月七日被告に右構築用地を譲渡することを承諾するに附随して右畑谷正実において前記特約を締結する権限をもありと信じ、かつ、従来からの諸般の経過に鑑みその信ずるについて正当な理由があつたから、被告は民法第百十条により、前記特約につきその責に任じなければならない。

(五)  仮に、畑谷正実に被告のため前記特約を締結する権限あることが認められず、また、前記表見代理についての主張も認められないとすれば、右畑谷正実の不法行為に基く被告の使用者責任を追及すべく以下のごとく主張する。

即ち、被告の被用者たる建設省中部地方建設局沼津工事事務所長畑谷正実は昭和二十八年十月七日原告所有の別表(1) ないし(3) の各(イ)欄記載の土地を被告に譲渡するについての原告からの承諾を得るに際し、あたかも、右土地売買契約に関連するすべての事項を処理する一切の権限があるかの如く装い、原告に対し右土地について一応別表右同欄記載の価格で売買契約を締結するが、いまだ買収に承諾を与えていない者の所有する土地をもし今後右買収価額より高価で買収した場合は右買収価額をこれと同一に改め、これを支払う旨の特約を締結し、原告をして、被告は右特約に従い土地買収代金の支払をなすものと誤信せしめ、原告から右別表(1) ないし(3) の各(イ)欄記載の土地を騙取して被告の所有に帰属せしめ、よつて、原告が被告から受領した別表右同欄記載の土地買収代金と第二次買収者が昭和三十三年十二月被告に譲渡した土地につき同人らが受領した土地買収代金との差額(この比較方法は(二)に前述のとおり)坪当り金二百四円五十銭、総額金十六万七千六百八十八円五十銭の損害を蒙らしめた。よつて、原告は民法第七百十五条に基き、被告に対し右損害の内金十六万二千八百円並びにこれに対する訴状送達の翌日からその完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める。

二、被告の答弁に対して。

第一次買収に際し土地代金及び離作補償金名下の各金員のほか、立毛補償金名下の金員が支払われたこと、原告が受領した立毛補償金額が被告主張の金額であること及び第二次買収者に対しては立毛補償名下の金員が支払われていないことは認める。しかしながら、右立毛補償金は第一次買収に際し自らその買収土地を耕作していた者に支払われたのであり、従つて、小作地に関しては小作人に支払われ、土地所有者には支払われていない。原告に対しこれが支払われたのは第一次買収当時原告が別表(1) ないし(3) 各(イ)欄記載の土地を自ら耕作していたからである。右のように立毛補償金は耕作者に支払われたものであるから、被告主張のようにこれを実質的な土地買収代金の一部ということはできない。

また、被告は土地代金と離作補償金とを区別して支払つたのは昭和二十九年五月十九日建設省訓第九号によつたものであると主張するが、本件第一次買収は昭和二十八年十月七日に行われたものであるから日時の点からいつてその誤りであることは明らかである。

第三、被告の答弁

被告は請求棄却の判決を求め次のとおり答弁した。

一、被告が原告主張の放水路の建設を企図し、これが構築用地として原告主張日時原告を含む第一次買収者からいわゆる第一次買収をなしたが、当時は原告主張の強硬反対派がその所有土地の買収につき強硬に反対していたこと、被告は第二次買収として右強硬反対派所有の土地を原告主張日時買収したこと及びこの各買収が私法上の契約によつたものであることは認めるが、第一次買収の代金額について及び第二次買収の代金額がこれより高額であるとの点については争い(右に関しては更に二に後述する。)、かつ、建設省中部地方建設局沼津工事事務所長畑谷正実が原告を含む第一次買収者との間において原告主張の特約を締結したこと及び右事務所長が被告のため右特約を締結する権限を有したことは否認する。

二、被告が第一次買収に際し原告から買収した土地が別表(1) ないし(3) の各(イ)欄記載のとおりであることと及び右土地の等級、土地代金額及び離作補償金額が原告主張のとおりであり、土地代金額と離作補償金額との合計額を第二次買収における同等の土地たる別表(1) ないし(3) の各(ロ)欄記載の土地についての右両金額の合計額(右同欄記載のとおり)と比較した場合原告主張のように後者が坪当り金二百四円五十銭高額となつていたことは認める。

しかしながら、右両金額の合計額が買収価額であるとの点は争う。即ち第一次買収に際しての買収代金は右土地代金及び離作補償金名下の金員のほか、立毛補償金名下においても支払われているのであつて、原告に関していえば原告主張の別表(1) ないし(3) 各(イ)欄記載の買収価額にそれぞれ坪当り金六十六円七十銭即ち、(1) (イ)欄記載の土地について金二万九千二百八十一円三十銭、(2) (イ)欄記載の土地について金一万九百三十八円八十銭、(3) (イ)欄記載の土地について金一万四千七百四十円七十銭の立毛補償金を加算した金額が買収代金なのである。立毛補償金は本来は買収により立毛に対し損失を蒙らせる場合支給する金員であつて、損失補償の一種であるが、本件の場合第一次買収者についてのいわゆる立毛補償金というのは、単に名目上であつて、被買収者の立毛につき損失が生ずるが故に支給したのではなく買収価額を高くするために支給したものであるから、形式的には買収代金ではないが、実質的には買収代金の一部といわねばならない。第二次買収者にはこの立毛補償金名下の金員は支給していない。

なお、土地代金と離作補償金とを区別したのは課税防止のためではなく、事務処理基準たる「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」(昭和二十九年五月十九日建設省訓第九号)によつたものである。

三、本件における土地買収に関し被告のため被買収者らと契約を締結する権限を有する者は支出負担行為担当官である建設省中部地方建設局長であつて、同局沼津工事事務所長は右のごとき権限を有しない。

また、建設省中部地方建設局長は同局沼津工事事務所長に対し原告主張の特約締結については勿論のこと本件土地の売買契約についても代理権を授与した事実はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、被告が静岡県内天城山にその源を発し、田方平野を縦断する狩野川による水害を防止するため、静岡県田方郡伊豆長岡町墹之上から約八百米の隧道を掘り、原告の居住する珍野長塚を通り口野海岸に放水する全長約三千二百米、上幅約百米、底幅約五十米、深さ約九米の放水路を建設することを企図し、これが構築用地として原告外五十余名の所有する土地を私法上の契約により買収することとなつたこと、原告外二十数名は昭和二十八年十月七日旧江間村(その後同村は町村合併により、伊豆長岡町となつた。)役場においてそれぞれ所有の土地中右構築用地となる部分を被告に譲渡することを承諾した(これを第一次買収といい、右原告外二十数名を第一次買収者という。)が、訴外久保田藤一外三十三名の強硬反対派は当時いまだそれぞれ所有の土地を買収されることについて強硬に反対していたこと、昭和三十年十月に至り被告は右強硬反対派の者からそれぞれの所有する土地中右構築用地となるべき部分を被告に譲渡すべき旨の承諾を得、同年十二月二十四日その所有権移転登記を了した(これを第二次買収といい、この時譲渡した者を第二次買収者という。)こと及び原告は第一次買収者の一人として原告所有の土地のうち右構築用地となるべき部分たる別表(1) ないし(3) の各(イ)欄記載の土地を被告に譲渡したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、第一次買収に際し原告主張のいわゆる特約が締結されたか否かについて検討する。

証人伊奈作平、同相磯清、同清水健造、同渡辺菊夫及び同相磯隆の各証言並びに原告本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すると第一次買収者らが昭和二十八年十月七日旧江間村役場において狩野川放水路構築用地としてその各所有の土地を国に譲渡することを承諾した会合の模様として次の事実を認めることができる。

当日当時の江間村役場会議室に建設省側としては建設省中部地方建設局沼津工事事務所長畑谷正実、同事務所庶務課長杉本音次郎、同事務所係官城島某外二、三名が出張し、同じく同所に出頭した原告外二十数名の第一次買収者らから構築用地となるべき土地の譲渡に承諾する旨の譲渡承諾書に押印を得ようとしたのであるが、買収価額については建設省側係官との間に予め反当り金十五万円平均とする旨の了解があつたに拘らず、当日建設省側で被買収者らの押印を得るべく調成して来た譲渡承諾書及び代金請求書には右金額に達しない金額が記載されてあつたため、第一次買収者らはこれを不満として憤激し、譲渡についての承諾を与えまじき情勢に至つたこと、そこで建設省側は同役場応接室において協議の上右承諾書用紙等に記載の金額を坪当り金約三十円ないし四十円値上げした金額に訂正し、これに被買収者らの調印を求めたこと、このようなことがあつて建設省側の態度に不信を抱いた第一次買収者らは、かねて未だ譲渡に承諾する気配のない強硬反対派の者が後に譲渡に承諾し、自分達より有利に譲渡することあるをおそれ、建設省側から後に有利に買収することは絶対になさない旨の言質を得ていたのであるが、この席上更にこの点を疑懼し、建設省側係官に対し「正直者が馬鹿を見るようなことはしないでくれ。」「未だ譲渡に承諾する気配のない者から後に買収する場合我々より有利な条件とすることのないようにして貰いたい。」との趣旨をこもごも主張したこと、これに対し右畑谷正実をはじめとし建設省側係官は「未だ譲渡に承諾しない者から後に買収する場合本日示す条件より有利な条件で買収するようなことは絶対にしない。もし、そのようなことがあれば同じ条件まで買い上げる。正直者が馬鹿を見るようなことは絶対になさない。国を信用して欲しい。」との趣旨を申し述べ、原告を含む第一次買収者らは右趣旨を文書にして貰いたいとまで主張したが、結局当時の江間村村長佐々木秀哉らが仲に入り、右第一次買収者らはこれに納得して右訂正された金額が記載された譲渡承諾書に押印したこと。

右の事実を認めることができ、前顕各証拠並びに証人畑谷正実、同杉本音次郎、同内野豊及び同近藤清信の証言中右認定に反する部分は措信しない。

ところで、右「同じ条件まで買い上げる」との趣旨であるが、証人伊奈作平、同相磯清、同清水健造、同渡辺菊夫及び同相磯隆の各証言によれば、前記席上における建設省側係官の現実の言葉としては「同じ価額まで買い上げる」ないしは「同一価額とする」との言葉であつたことが窺われないではないが、さきに認定の右発言当時の状況から更に右言葉の趣旨を検討して見ると、当時の第一次買収者の意思としては要するに、未だ買収に承諾しないでいる者が、後になつて買収される場合自分達より有利な条件で買収され、自分達より利得を受けるというような不公平なことは絶対に許さないとの気持であり、建設省側係官も有利に買収することは絶対にしないようにすることを確約するとともに、仮に後に買収するに当つて綜合的利益において比較しこれらの者を第一次買収者より有利に取扱つた場合は、第一次買収者にもこれと同等になるような利益を与え決して不公平のないようにするとの趣旨を約したものと解せられ、これを文字どおりに単に買収価額についてのみ比較し、その差額を支払う趣旨を約したものとは必ずしも解せられない。

なお、証人清水健造の証言によれば、江間村役場における右会合の約一ケ月前に被買収者と建設省側係官との間において得られた了解においても買収価額とともに買収地についての無税無供出が譲渡承諾の条件とされていたこと、また、原告本人尋問の結果からは右会合において第一次買収者らが建設省側係官に対し書面による契約をなすことを要求した一項目としても右同趣旨の項目があつたことが認められ、これらの点からすれば当時第一次買収者らはその買収される土地の反対給付たる利益としては単に被告から代金として給付される金員のみを顧慮していたのではないことが窺われるのであつて、右契約の趣旨が右にのべたとおりであることは以上の事実からも裏付けられるといわねばならない。

さうだとすれば、畑谷正実を含む建設省側係官が第一次買収者らとの間においてなした右契約の趣旨を第一次買収者と第二次買収者との綜合的利益を比較するのではなくて、単に国から給付される金員のうち土地代金及び離作補償を形式的に比較してその差額を支払う旨の契約であると解し、右差額を請求する原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

三、そればかりではない。原告は右畑谷正実に原告主張の如き特約を締結する権限ありと主張するのであるが、会計法第十条及び財政法第二十条第二項によれば衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官、会計検査院長並びに内閣総理大臣及び各省大臣(各省各庁の長)のみがその所掌に係る国の支出の原因となる契約その他の行為即ちいわゆる支出負担行為に関する事務を管理するのであつて、ただ会計法第十三条により各省各庁の長は当該各省各庁所属の職員ないし他の各省各庁所属の職員にその事務を委任し(支出負担行為担当官)、その代理を定め(代理支出負担行為担当官)、または事務の一部を分掌せしめる(分任支出負担行為担当官)ことができるに過ぎないから、原告主張のように畑谷正実が建設省の公務員として国家機関を構成する一分子であるからといつて、当然に右特約を締結する権限ありということはできないし、また、右畑谷正実が右会計法第十三条による委任等を受け、かかる権限を有していたと認めるに足る証拠はない。

更に、原告は右畑谷正実は支出負担行為担当官たる建設省中部地方建設局長から本件土地売買について一切を委任され右権限を賦与されていたと主張し、右局長が支出負担行為担当官であることは当事者間に争いがないが、支出負担行為担当官が会計法の規定によらないで任意にその代理人を選任し、支出負担行為をなす権限を賦与することは前記会計法第十三条の趣旨からこれをなし得ないものと解せられる。また、この点はさておいても、原告が右委任を推認すべき事実として主張するところに対する判断は次にのべるとおりであり他に右委任の事実を認めるに足る証拠はない。

即ち、原告は昭和二十八年十月七日旧江間村役場において右畑谷正実が建設省中部地方建設局長にはなんら協議することなく買収代金を改訂した事実をとらえ、この事実から右委任の事実が推認されると主張するが、右事実は要するに右畑谷正実は被買収者らが作成すべき譲渡承諾書及び代金請求書記載の金額を訂正して被買収者らに交付し、被買収者らはこれに押印して右畑谷正実に手交した事実に外ならないこと前示認定のとおりであり、即ち、右畑谷正実は被買収者が作成した支出負担行為担当官たる右局長宛(この事実は証人紀本正二の証言によつて認められる)の譲渡承諾書及び代金請求書を受領してこれを右局長に取次ぐ使者としての所為をなしたに過ぎないのであつて、この使者としての所為から右畑谷正実の権限委任を推認することができないのは勿論であるし、また、原告は同じく右畑谷正実の権限を推認すべき事実として右畑谷正実の後任として沼津工事事務所長に就任した紀本正二が買収土地測量による損害に対する補償金を支払つた事実を主張するが、成立に争いのない甲第二号証によれば右補償に関する協議申入れは建設省中部地方建設局長名義でなされ、沼津工事事務所は単にその事務を扱つたに過ぎないものであることが明らかであるので、この事実もまた右委任を推認せしめるに足りない。

原告はなお右畑谷正実において建設省中部地方建設局長から第一次買収者との間で狩野川放水路構築用地の売買契約を締結する代理権を授与されていたことを前提とし権限踰越による表見代理に基く被告の責任を追及しているが、かかる代理権授与は会計法上これをなし得ないと解せられること及び第一次買収者と右局長との間の売買契約に関しては畑谷正実は単に使者としての役割りを果したに過ぎず代理権を授与されていたと認めるに足る証拠のないこと前示のとおりであるので、この主張も理由がない。

以上のとおり、仮に右畑谷正実が第一次買収者らとの間に原告主張の特約を締結したとしても被告はその契約上の責任を負うべきいわれはないので、この点からも被告に対し契約上の責任を追求する請求は失当である。

四、最後に、畑谷正実の不法行為に基いて使用者責任を追及する請求について検討するに、右主張は原告主張の特約の成立を前提とするものであることはその主張自体から明らかであるところ、右畑谷正実のなした契約の趣旨は前示二に判断したとおりあつて、結局原告主張の特約の成立を認めるに足りないのであるから、右請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

五、原告らの請求はいずれも失当であること以上のとおりであるので、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 佐藤恒雄 三好達)

別表〈省略〉

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